ニュース番組を子どもに見せてはいけない!!~見せない教育の大切さ~

メディアとの付き合い方
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最近起きた通学中の子どもを狙った事件、子を持つ親として本当に怖いわ。でも、きのうニュース番組でその現場を再現した特集がされてて、見ていて生々しすぎて気持ちが悪くなってしまったわ・・・。

 そうなんです。人は「イメージ」によって考えているため、言葉で伝えられるより再現映像などでイメージを与えられると、よりリアルに感じるようになっているんですね。
 文字よりもマンガの方が気楽に読めるのも、世界観が視覚的にパッと分かるからですね。

 ですから、感受性が豊かで幼い子がこのようなニュース番組を目にしてしまうことは非常に危険なことなのです!
 我が家は長女Sunが生まれてからTVをリビングから撤去し、もう8年近くになります。
 では、どうしてニュース番組を子どもが日常的に目にすることが危険なのか、具体的にお話いたしますね。 

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体は頭のマネをする

 私たちの頭は、見えたものをまずは受け入れるような仕組みになっています。
それは、見えているものをそのまま受け入れなければ、瞬間的に反応したり、行動したりすることができないからです。
 例えば、お座りしたての赤ちゃんは不安定ですからすぐに、グラッと倒れそうになりますよね。そんな時は考えるよりはまずはパッと身体が動きます。

MammaRieri
MammaRieri

あ、倒れそう・・・倒れたら頭を床に打ち付けてしまう。ではどうするか?!素早く頭を打ち付けそうなところに手を置いてクッションにしよう!!それ!

なんて判断していては、生命維持に必要な危険回避はできないから、考えるよりも先に動く、というのは必要なことなのです。

 ですから、それが実物のものでなくても目に入れば実際にあるも物だと思ってしまいます。
例えば、こんな写真。

合成写真だと明らかに分かりますが、見続けていると

こんなヤギの医者あり得るかな~。

あっていいはずだよな。

あって当たり前じゃないか?

あるべきでしょ。なければならない!

と、いうことにつながっていく可能性を持っているのです。
大人の常識が染みついた頭なら「こんな風にはなり得ない」と思うかもしれませんが、感受性が豊かで、なんでも見たままを柔軟に受け入れてしまう幼い子には十分ありえます。
そして、視覚情報をたくさん目にするようになると、意識しないうちに

  • していいんだ
  • すべきだ
  • しなくてはならない

となっていってしまうのは、上記の例からも簡単に推測されますね。

よく、映像は頭の中に焼き付く」と言われますが、これは
「人は目で見たことを無意識のうちに受け入れてしまう仕組み」をもっているからなのです。そして、それが元のイメージとなり、その後の反応の素になっていきます。
 例えば、人は長い間目の前にあったものがなくなると、

どうしてないの?

と思います。

あるのが当たり前。あるべきなのに。なければならないのに。

長く目にしていたために、このような感覚が生まれていたからです。
これが美しい花であったり、相手を思いやる言葉であったら、その子の感受性は豊かで素敵ですが、もしかしてそれが人を傷つけるナイフや、暴力シーンだったら・・・怖すぎますね・・・。

 であるからこそ、豊かな原形イメージを育てなければいけない時期に、暴力的な映像を見せてはいけないのです。
 子どもが目にしてしまった映像は「好き」「嫌い」に関わらず無意識に受け入れられ、原形イメージとして保存されてしまうのです。

 先進諸外国では、子どもに暴力シーンを見せないように制限しています。
子ども達が大好きな〇〇マンや〇〇レンジャーなどの戦隊ものも敵を力で支配する、という暴力的な点を指摘して放映されない国もあります。
 幼い子がこのアニメなどのシーンをみて、蹴ったり叩いたりすることが遊びの一つとなってしまうことも当たり前ですね。

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見せない教育は重要

 心に保存されたイメージに対して、言葉は後から無限に添えることができます。
ただし、その反対はできません。ですから、心になんのイメージもないのに先に言葉だけを覚えさせたりすると、時間のムダになるどころか、言葉が邪魔をして感性を刺激した豊かな原形イメージを心に保存できなくなる、という弊害を生んでしまうことにもなりかねません。
 
 どういうことかというと・・・

お散歩中にある家の庭先に咲いた美しいバラの花。幼い子どもが「わ~きれい(⋈◍>◡<◍)。✧♡」と近寄ります。
 子どもにとって初めて見るものは興味津々になりますよね。鼻をくすぐるかぐわしい香り、朝露に濡れてきらきらひかる花びらや葉っぱ、茎にあるとげにも気づくでしょう。 

「これは何ていうお花なんだろう?」という疑問が子どもに生まれ、探究します。五感をフルにつかって、目の前にあるバラのイメージを脳に書き込んでいるのですね。

 もしかしたら、そうやってバラを愛でていると、庭先でバラの手入れをしていたおばあちゃんと「あら、どこから来たの?ママとお散歩?天気がよくていいわね~。このお花が珍しい?これはね、イングリッシュローズっていう名前なのよ」なんて会話も弾むかもしれません。
 そうすると、こんな会話も含めて子どもの脳には書き込みが行われ原形イメージとなります。

 しかし、図鑑を眺めて「これは【バラ】よ。バ・ラ。言ってごらんなさい。」と原形イメージがないのに、言葉が先行してしまったとしましょう。
 そうすると、道端で目にしたとしても「あ~、これはバラ。知っている知ってる」と五感を使わずに図鑑からの知識だけで「分かった気」になってしまったりします。
 当然心に保存された「バラ」の原形イメージは五感を伴わない薄っぺらなものとなってしまいます。
  
 極端な例かもしれませんが、教育しているつもりが、逆に教育のチャンスを潰していることになる、というのはこういうことなのです。

 この「目に入ることの」の重要性と危険性を十分に認識していないと、とんでもない的外れな教育をしてしまうことにもなりかねません。
 視覚イメージは言葉を引き金として再現されることが多いのですが、視覚イメージと言葉は連動して保存されているわけではなく、切り離されて保存されています。

 たとえば、花を大切にしてほしいという気持ちから、

「花の茎を折ってしまうと枯れてしまいます。だから、花をさわるときは、優しくさわりましょう」

 判断力が育っていない子どもに「悪い例」を見せると「悪い」がなくなりひとつの「例」だけが保存されてしまうのです。
 言葉よりもイメージの方が書き込みが簡単で、影響力が強いためです。

「見せない教育」をされなかった最悪の例

  2004年長崎県佐世保市で小学6年生の女児が同級生をカッターナイフで殺害したという信じがたい事件が発生したことは大きく報道されました。
 加害女児は以前から「バトル・ロワイヤル」というホラー映画に熱中しており、自分でもそれを模した同人小説をウェブサイトで公表するほどだったそうです。そして、カッターナイフでの殺害の方法も前夜に見たテレビドラマを参考にした、と言っていたそうです。
 そして「(被害女児が)生き返ってきたら、ごめんなさいと謝りたい」と発言したという、まさに現実離れしてしまっているこの感覚は「見せない教育」を施されず、人としての判断力が育まれなかった最悪の例ではないでしょうか。

 判断力の育っていない状態で見たものやイメージしたものは、善悪の区別なく頭(心)に保存され、何の抑制もなく再現されます。
 そして、体はそのイメージを無意識にマネしてしまうという、最悪のイメージトレーニングである、と言えます。

 「分かる」ということは「イメージできる」ことです。
難しい小説などは、なぜ分からないのかというと、言葉が難しかったり、場面設定が複雑だったりして「イメージできない」ことであるから「分からない」のです。
ということは、「再現させたくない」、あるいは「してほしくない」ことは、視覚イメージを与えなければ、どんなにそのイメージが呼び起こされるような情報が入ってきたとしても「イメージできない」から「分からない」「しない」のです。

 幼児期や児童期など、与えるイメージに制限できる時期には素敵なイメージを厳選して与える必要があります。
 

子どもに見せてはいけないもの

ニュース番組

 新聞であれば大人が目を通してから与えるなど制御もできますが、テレビはそのようなことはできません。
 素敵なことよりも、社会で起こった異常なことを伝える方が圧倒的に多いのがニュース番組ですから子どもにとって保存させたくない視覚イメージがたくさん出てきてしまいます。
 放送時間という時間の関係上次々に「殺人」や「自殺」「放火」「強盗」などの映像が流れ、さらに今回の川崎通り魔事件のように、イメージを強化する再現特集まで、流されます。
 高速で情報が入ると、「映像」だけが保存されてしまいます。
 
「異常なこと」が「普通」という感覚のマヒを防ぐため、少なくとも小3~4(9歳)まではニュースは見せない、と決めた方が安全です。そして小学生(12歳)のうちは厳選して(社会にいる素晴らしい人、功績などを報道するいいイメージを)見せると言うことをおすすめします。

ホラー映画や内容の過激な雑誌・コミックなど

これは大人の娯楽であって、判断力が子どもにとっては危険なものとなります。

我が家の場合

 我が家にはテレビを置いていないため、日常的にニュースを目にする機会はありません。それでも新聞はとっているために最近の虐待事件や、通り魔事件など大きな見出しの記事に、

Sun
Sun

これ、何があったの?どういうこと?何て書いてあるの?

と興味を惹かれてしまうようです。

 私と夫は徹底的に「う~ん、なんか怖い事件があったみたい」とはぐらかし、説明しないように努めています。

 世の中の親御さんたちには、「ニュースを見ることは社会が分かる」=良いことという認識があり、普通にお茶の間に流れていることも多いと思います。
 しかし、その映像を子どもが目にすることによる危険性がどれだけ大きいのか、ということがもっと知られれば幼稚化・残忍化する犯罪が減るのではないかと思います。
 
子ども達が生きる未来の社会が、今より安全、安心な社会になることを祈ってこの記事を書きました。
 お読み下さり、ありがとうございました。

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